7、8年前の、鬼無里村。「もみじ茶屋」での、下田逸郎ライブ。
「さだまさしみたいに、しゃべったほうがいい? 唄ったほうがいい?」みたいに下田逸郎はぼくらに訊き、唄ったほうがいい、という意味の拍手があって、下田さんは唄い続けた。
ライブ後、茶話会のような、下田さんを交えての飲み会。
ぼくの目の前、真ん前に座っていた下田さんに、なんとなく話し合った後、
「下田さんのアルバム、ぜんぶ持ってるんですけど、1枚だけ持ってないのがあるんです。」とぼくは言った。
「何?」と訊かれ、「キツネササゲリュウノヒゲ」と答えた。もう、下田通信所でも完売で在庫なしだった。
「あ、いいよ、送るよ。今夜中に住所教えて。今夜でないとダメよ。忘れちゃうから」
下田逸郎はそんなふうに言って、トイレかどこかに立った。帰ってきた下田逸郎に、ぼくは住所を書いた紙を渡した。
数日後、届いたのが、このCDだった。封筒の表に書かれた宛先も、封の裏に書いてあった「下田逸郎」という名も、下田逸郎直筆のものだった。
この封筒とCDは、だから特別なのである。
松山千春が、「よくやった」と評価したこのアルバムは、まったく淡々としている。あらゆる音、流れてくる空気まで、シンプルなのである。
下田逸郎が、下田逸郎に向かってギターを弾き、唄い、つくったように思える。シンプルだからこその「深み」が好きである。
このアルバムの効能・効果は、
『想像力不振、跳躍力減退、生命閉塞
情報肥満感、会話虚弱、
消耗性日常に伴う個人崩壊
微熱性欲望のもつれに伴う愛情障害
胸のつかえ、友情のもたれ、魂のしびれ
などの場合の栄養補給』
と、漢方薬に似せたCD入れの袋に、記されている。